神社巡り 伊賀国一宮「敢國神社」編 思い掛けず舞い込んだ参拝チャンス…シンクロしてた。
先日参拝した一宮であり大社である「南宮大社」の次は…三重県鈴鹿市の伊勢国一宮あたりなんだろうな~と完全に思い込んでいました。
ところが意外にも伊賀国の一宮「敢國神社」参拝チャンスが舞い降りて来ました。
三重県の伊賀市方面に行く用件が急に…「伊賀!?」と聞いて「ピクッ」となった次第です。
愛知県からだと同じ三重県と云えども鈴鹿市に行くより、ぐんと遠くなる伊賀市なのでまず行くことはないだろうと思ってた矢先の降臨。
以前、滋賀県にてリゾバしてた頃、例のごとく近隣の神社探しをしていた中で滋賀県甲賀市南方に位置する三重県伊賀市に一宮が鎮座していることは把握していました。しかし当時は車に自由で行動する生活でもなく公共交通機関のバス&電車が移動手段だった為、無理やな~と諦めていました。
ところがここへ来て急に伊賀!車での移動可能!
行くしかないでしょう~!ということで行って参りました伊賀国一宮「敢國神社」。
伊賀市までの道中、時折激しい雨に遭遇しながらも標的の…目的の「敢國神社」に着いた時はピタリと止んで…ラッキ~!僕持ってるかもな~と自画自賛しながら参拝成就致しました。
ではまず撮ってきた写真いろいろ…雨上がりの神社ってなんかいい…
伊賀衆のことについて書いてある駐車場のパネル。
表参道。
一の鳥居横。
一の鳥居。
境内案内図。
拝殿前階段。
拝殿。
拝殿からの祝詞殿(右)。
網々からの本殿。鏡を写したかったけど…ちょっとしか写ってない。
横からの拝殿。
上からの本殿。
御由緒。
一見して境内の広さは「一宮」としては小ぶりかな~と思いきや、末社など含めると結構横長で意外に広いかも知れません。
ということで、神社あれこれ。
敢 國 神 社
主神 大彦命(おおひこのみこと)
配神 少彦名命(すくなひこなのみこと)
配神 金山比咩命(かなやまひめのみこと)
前回の「南宮大社」参拝では、下調べしない病の症状「見どころ逃す」が炸裂したので、今回は参拝前にそこそこ知識を入れておこうと。
そんな中で御祭神がシンクロしていることが判明。「南宮大社」の御祭神「金山大神」の対の神様「金山比咩神」の名が!そして「南宮山」も登場。だから鈴鹿市ではなく伊賀市に引き寄せられたんやな~っ!と一人で納得してました。
でも神社の略史などの説明を読んでいるなかで、最初はかなり理解に苦しみました。
以下「敢國神社」公式サイト「敢國神社の略史」からの引用を所々端折って...。
当神社は今から1300年以上前に創建されました。くわしくは、7世紀の中期658年に創建と当社には伝わっています。創建当時は大彦命(おおひこみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)の二神で敢國神社が創建・・・
・・・当社の主神である大彦命は、350年頃第8代孝元天皇の長子として大和の国に生まれ、大和朝廷創建期の武人と云われ・・・
・・・北陸・東海を征討する役目を負われ「四道将軍」のお一人として第10代崇神(すじん)天皇の詔により日本の東目の攻略を果たされた後、大彦命率いる一族は伊賀の国にお住みになり、その子孫は伊賀の国中広がっていきました。
伊賀の国の阿拝(あえ)郡・・・居住した為、阿拝氏を名乗るようになり、後に敢・阿閉・阿部・安倍と呼ばれるように・・・「あえ」とは、「あべ」の原音であり、あべ姓の総祖神でもあると共に伊賀にお住まいの方の祖神でもあります。
又、古代伊賀地方には外来民族である秦(はた)族が伊賀地方に住んでおり彼らが信仰する神が当社の配神(はいしん)である少彦名命でありました。当時は現在の南宮山山頂付近にお祀りしていましたが、神社創建時には南宮山より現在地に遷してお祀りしています。このことから伊賀にお住みの方々はこの二神の混血の民族であると言っても過言ではないでしょう。
創建後、南宮山の社殿が山の下に遷された跡地に新しい神社の創建に当たっては当時の伊賀の有力な人達の頭を悩ましたことであろうと思われます。結局、美濃の国(現在の岐阜県)南宮大社の御祭神である金山比咩命(かなやまひめのみこと)を旧少彦名命の跡地に勧請しました。おそらくその頃南宮山(なんぐうさん)という名がついたのではないかと推測されます。
引用元:敢國神社について - 伊賀一宮 敢國神社(あえくにじんじゃ) – 三重県伊賀市のご祈祷・厄祓
説明に「南宮山」が登場するんですが、つい先日参拝したばかりの「南宮大社」の「南宮山」だとばかり思い込んでいて…理解しようにも…
「???」
地理的にどうも納得出来ないよなぁ~と。
後半の説明までよくよく読んでみると…、もう一つの別の「南宮山」が存在していることに氣付かされた訳です。
う~ん、なるほど!やっとのことで理解出来ました。
鈴鹿市をすっ飛ばして伊賀市!の意味も「南宮山」繋がりで考えると「?」状態ではあるもののシンクロしてることで納得しやすいし、きっと何かある…。こんな思わせぶりなシンクロ…何かしら意味はあるんです。きっと…。今現在分かってませんけどッwww。
それと配神の少彦名命を信仰するのが「秦族」ってのにもピクッと反応。都市伝説好き、オカルト好きな人には分かってもらえるかと思うテーマ。
……秦氏の元祖はユダヤ人、ヘブライ人、アッシリア人なのでは!?とか「失われた十氏族」なのでは!?とか、「日ユ同祖論」が頭に過ぎってしまう僕・・・
最近読んでる本のなかにこれ関係のものがあってこれまたシンクロしてたし…こんなことからも今回の「敢國神社」参拝にはやっぱり何かしら意味があるん…分かりませんけどw。
ともあれ今回参拝した「敢國神社」は「一宮」。僕の「行ったことある神社リスト」の「一宮」部門が1ポイントアップ。
「神宮」「大社」 14/49 ⇒ 14/49。
「一宮」 15/95 ⇒ 16/95。
となりました。
「敢國神社」公式サイト貼っておきます、良かったらどうぞ。
今日もありがとうございました。